![]() |
|||||
|
多くの分子は、中赤外光領域に特有のスペクトルを有し同定可能なことから分子指紋領域とも呼ばれ、分子科学に重要で、また大気に混入した温暖化ガス、危険物質・汚染物質、さらには生体分子・DNAの分析・解析までが可能となる。そして、高次高調波のカットオフ波長が短いことからX線発生やアト秒発生など基礎科学にも有用であるだけでなく、目に安全で、多くの物質に相互作用の多い中赤外光では、実時間での三次元の遠隔計測から、物質の選択励起を介した多機能加工までが可能となる。このため中赤外域における実用的なレーザーの開発が望まれてきた。
本セッションでは最近のレーザー、そして波長変換による中赤外光源の開発状況[1]-[6]から、期待されるコヒーレント分光、さらには強力な中赤外光源による、選択的な物質加工からアミロイドβ(Aβ)凝集体など有害物質の破壊など新たな可能性について議論したい。
参考文献
[1] J. Saikawa et al., “High-energy, narrow-bandwidth periodically poled Mg-doped LiNbO3 optical parametric oscillator with a volume Bragg grating”, Opt. Lett. 32, 2996 (2007).
[2] J. Saikawa et al., “High-energy, broadly tunable, narrow-bandwidth mid-infrared optical parametric system pumped by quasi-phase-matched devices”, Opt. Lett. 33, 1699 (2008).
[3] M. Miyazaki et al., “Isomer selective infrared spectroscopy of supersonically cooled cis- and trans-N-phenylamides in the region from the amide band to NH stretching vibration”, Phys. Chem. Chem. Phys. 11, 6098 (2009).
[4] T. Taira, “Domain-controlled laser ceramics toward Giant Micro-photonics”, Opt. Mater. Express 1, 1040 (2011).
[5] Y. Deng et al., “Carrier-envelope-phase-stable, 1.2 mJ, 1.5 cycle laser pulses at 2.1 µm”, Opt. Lett. 37, 4973 (2012).
[6] B. Bruneteau et al., “Widely tunable near-infrared optical parametric oscillator based on a 5%MgO:PPLN partial cylinder pumped at 1064nm by a 1-kHz sub-nanosecond microchip laser”, Opt. Lett. 48, 3669 (2023).
タンパク質は通常、生体内で正しく折りたたまれ、その機能を維持している。しかし、老化などの理由によりその濃度が高くなると、球状に凝集したオリゴマーや線維上に凝集したアミロイド線維を形成する。これらのタンパク質の凝集体は約40種類のヒトの神経変性疾患と関連している。例えば、アルツハイマー病はアミロイドβ(Aβ)ペプチドの凝集体が原因で発症する。我々はこれまでに分子動力学法を用いてAβの凝集過程および破壊過程を調べてきた [1]。本講演ではその研究のうちいくつかを紹介する。
Aβの凝集体は赤外線レーザーを照射することで破壊される。アミロイド線維の破壊には水分子が必不可欠であることが実験で示されていたが、その理由は分かっていなかった。その理由を調べるために赤外線レーザー照射を模した非平衡分子動力学シミュレーションを行い、アミロイド線維破壊における水分子の役割を解明した [2]。さらに、レーザー照射後にはヘリックス構造が多く形成されていることが明らかにした。これは超音波によりAβアミロイド線維を破壊した場合とは異なる特徴的な振る舞いである [3]。様々な構造におけるC=O二重結合の共鳴波数を計算することでこの理由も解明した。ヘリックス構造はβヘアピン構造に比べて分子間水素結合を形成しにくいので [4]、赤外自由電子レーザーを照射している間は凝集しにくいモノマー状態を保てる可能性がある。
参考文献
[1] H. Okumura, “Perspective for Molecular Dynamics Simulation Studies of Amyloid-β Aggregates”, J. Phys. Chem. B 127 (2023) 10931.
[2] H. Okumura et al., “Role of water molecules in the laser-induced disruption of amyloid fibrils observed by nonequilibrium molecular dynamics simulations”, J. Phys. Chem. B 125 (2021) 496.
[3] H. Okumura and S. G. Itoh, “Amyloid fibril disruption by ultrasonic cavitation, Nonequilibrium molecular dynamics simulations”, J. Am. Chem. Soc. 136 (2014) 10549.
[4] S. G. Itoh, M. Yagi-Utsumi, K. Kato, and H. Okumura, “Key residue for aggregation of amyloid-β peptides”, ACS Chem. Neurosci. 13 (2022) 3139–3151.
赤外域には、様々な分子が持つ、固有の吸収線が数多く存在する。OH基、OD基、OT基を含む水(以下、「水同位体」とする。)についても、波長2.7から7μmの中赤外光に、収縮振動モードに起因する大きな吸収ピークがある。中赤外光の吸収特性の違いを利用し、各水素同位体を分別できれば、環境中の水同位体の移動拡散現象の解明に向けて有力なツールとなる。特に、中赤外レーザーは重要な構成要素である。光源に指向性があり高出力なレーザー光を用いることで、これまでの質量分析装置や分光光度計などの閉空間で行う固定的な計測から、屋外などの開空間や物質表面の動的な移動現象へと応用が広がる。これらは、地球の環境中の水資源研究のみならず、核融合システムでの水同位体の検出技術としても重要となってくる。
我々のグループでは、中赤外レーザーを使った水同位体の検出技術の確立を目指して、波長3μm付近で発振する半導体レーザー励起Er添加酸化物固体レーザー、及びそれを励起源とした、波長4μmの鉄添加ZnSeレーザーを各種開発している。これらの研究状況と今後の展望について報告する。
近年、X線天文学は著しい進展を遂げており、その中でも2023年に打ち上げられたX線観測衛星XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)は、マイクロカロリメーターによる高分解能X線分光を実現し、宇宙の高温・低密度プラズマ環境における原子遷移の精密な観測を可能にしている。これにより、銀河団、超新星残骸、ブラックホール周辺などの極限環境における元素組成、温度構造、速度場の詳細な解析が進みつつある。
しかし、このような宇宙観測によって得られるスペクトルの正確な解釈には、地上での原子物理実験や理論計算に基づく高精度な原子データが不可欠である。実験室における制御された環境下での遷移エネルギー、放射率、イオン化・再結合断面積の測定は、XRISMの観測データ解析にとって基盤となる。一方で、XRISMは地上では再現困難な極限状態における原子過程を観測可能にし、地上の原子物理に新たな検証機会や未解明過程の示唆を与える。
本講演では、私自身が、実際に体験した観測データと地上データの深い関連を紹介することをセッションの導入とし、その後お二人のspeakerにXRISMの最新の観測成果を紹介していただくとともに、地上実験の例や原子物理の観点からいかに相補的に機能している、更に今後もしうるかをかを提案していただく。
2023年9月に種子島宇宙センターから打ち上げられたX線分光撮像衛星(XRISM)は、主力検出器としてX線マイクロカロリメータを搭載し、2-10 keVのX線帯域においてFWHM約4.5 eVのエネルギー分解能を達成した。この値は従来のX線天文衛星の約40倍の分光性能に相当し、銀河団や活動銀河核、超新星残骸など、様々な高エネルギー天体に対する精密プラズマ診断を可能にする。とりわけ高密度星(白色矮星やブラックホール)の観測においては、鉄イオンのK殻遷移を利用した分光診断が重要度を増している。
電子の縮退圧により支えられる白色矮星には、安定して存在できる質量に限界(チャンドラセカール質量)があることが知られる。この質量に近づくと、白色矮星は自己重力により極端に収縮するため、星表面での蛍光過程により放射される鉄輝線は重力赤方偏移の影響を受ける。言い換えると、重力赤方偏移の大きさを測定することにより、白色矮星の質量を制限できる。但し、星表面付近の鉄は1価から5価程度に電離している可能性があるため、それらの静止系における遷移エネルギーを正確に知る必要がある。同様に、ブラックホールを含むX線連星からは、14価から24価に跨る様々な鉄イオンのKαおよびKβ吸収線が多数検出された。そのスペクトル構造は極めて複雑であり、それらが原子構造に由来するのか、あるいは天体(プラズマ)の速度構造に由来するのかは判別できていない。本講演では、これらの科学成果について詳しく解説するとともに、今後の原子物理学研究に対する天文学側からのニーズ等を議論する。
天文観測によって得られる分光スペクトルには、対象となる天体に「どのような原子が存在しているか」、あるいは「その原子がどういった状態に在るか」などの情報が記録されている。現場に赴くことが不可能な宇宙空間の情報を正しく得るには、天体プラズマ中で起こる原子過程を再現する理論モデルを構築し、観測結果と比較する取り組みが欠かせない。プラズマパラメータが良く定義された多価イオン分光実験装置として知られる「電子ビームイオントラップ(Electron beam ion trap, EBIT)」は、そのような理論モデルが信頼に足るものであるかを評価するための『天体プラズマの模擬実験』に利用されてきた。EBIT実験によって裏付けを得た電子密度・電子温度・磁場強度などの状態診断手法は、天文観測研究に今後広く活用されることが期待されている。
一方、宇宙物理に対してEBITを用いた地上実験が出来るもう一つの貢献として、理論計算が困難な物理量の測定が挙げられる。こちらは、放射光やレーザーを用いた新しい分光手法の開発が必要である場合が多く、現在開拓途上の研究領域と言える。
本講演では、まずEBITの原理と特徴を説明し、宇宙物理への貢献を目的に行われた過去のEBIT実験を概観する。続いて、Be様アルゴン多価イオンAr14+のレーザー分光実験など最近のトピックを紹介し、最後に今後取り組もうと考えている実験とそのための装置開発計画を説明する。
生物が地球上に誕生して以来、その生命を維持するエネルギー源として太陽の光が利用されてきた。太陽光エネルギーは生体内において電子エネルギー、電気化学エネルギー、化学エネルギー、 そして力学エネルギーに変換される。この光エネルギー変換の出発点となるのが光合成である。
光合成系の研究は、超短パルスレーザーを用いた非線形分光技術などAMO技術の成熟により、新たな展開を迎えている。光合成に関与するタンパク質のX線結晶構造など静的な情報だけでなく、タンパク質の運動に起因する色素電子状態のダイナミックな揺らぎ、電子励起の量子非局在化状態の維持と崩壊、 更にはタンパク質内部でのエネルギーフローの可視化など、多様な「動的な量子現象」を詳細に観測することが可能になってきた。こうした進展により、量子科学の研究対象としても大きな関心を集めている。
一方で、太陽光エネルギーを捕集する光合成系の機能は、高効率な光エネルギー変換にとどまらない。強光環境に曝された場合には、長寿命カチオンや一重項酸素の生成などによる自己損傷を防御するため、過剰摂取した光エネルギーを散逸させる調節機構が発動する。フィードバック制御を含む種々の制御回路が働いていることも明らかとなりつつある。「逃げ出すことのできない植物」における光合成の分子システムは、外界変動に起因して不可避的に生じるエラーに対して、高い「誤り耐性機能」を備えているといえる。
本セッションでは、光合成過程に関与する色素タンパク質複合体が示す「動的な量子現象」および「誤り耐性機能」に焦点を当て、フェムト秒スケールの量子過程からミリ秒スケールの構造ダイナミクスに至るまで、複数の分子過程が巧みに連携することで実現される秩序ある分子システムの作動原理をいかに理解し、また、どのように応用し得るのかについて、活発な討論を行いたい。
地球上に降り注ぐ太陽光が光合成生物を駆動する。光合成における初期過程は光化学反応であり、光吸収、励起エネルギー移動、電荷分離、電子移動、プロトン移動、などが連鎖的に生じる。多段階の複雑な過程にもかかわらず、一方向的に反応が制御され非常に高い効率を実現する。光反応を媒介するのは色素分子であるが、単純に分子があるだけでは機能を発現しない。タンパク質に埋め込まれて近傍のアミノ酸分子や他の色素分子と相互作用し、エネルギー準位や相対配置が最適化されることが重要である。タンパク質構造が原子分解能で明らかになるにつれ、 構造情報をもとにした分光データの解釈や光反応のモデル構築ができるようになってきた。
一方で、常温常圧下で機能する生体系は常に揺らぎの影響にさらされており、それに応じて色素分子の光物性も大きく変動する。さらに、このような反応系に内在する揺らぎに加え、自然条件下では外的な要因として太陽光環境の変化にも対応しなければならない。例えば、天候の移り変わりや他の生物などによる物理的な光遮蔽の影響で、応系に入射する光の強度は大きく上下する。特に、強い光が入射された場合、 過剰に吸収された光エネルギーにより活性酸素種が発生し、反応系が破壊されてしまう。このように、生体光合成系は内部環境も外部環境も時間と共にランダムに変動しており、一見すると至極不安定に思える。しかし、そのような乱雑な環境下においても光反応は安定に進行し、光合成生物は逞しく生きている。では、光合成系の機能的なロバスト性はどのように担保されているのだろうか?
この問いに答えるべく、我々は1分子分光解析に取り組んでいる。本講演では、多数の色素分子を結合する光合成タンパク質において構造揺らぎが励起エネルギー移動にどのように寄与するのか [1,2]、また、光環境の変動にどのように対応しているのか [3,4] についての研究結果を紹介する。
References
[1] T. Kondo, R. Mutoh, S. Arai, G. Kurisu, H. Oh-Oka, S. Fujiyoshi, and M. Matsushita, J. Chem. Phys. 156, 105102 (2022).
[2] T. Kondo, R. Mutoh, H. Tabe, G. Kurisu, H. Oh-Oka, S. Fujiyoshi, and M. Matsushita, J. Phys. Chem. Lett. 11, 3980 (2020).
[3] T. Kondo, J. B. Gordon, A. Pinnola, L. Dall’Osto, R. Bassi, and G. S. Schlau-Cohen, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 11247 (2019).
[4] T. Kondo, A. Pinnola, W. J. Chen, L. Dall’Osto, R. Bassi, and G. S. Schlau-Cohen, Nat. Chem. 9, 772 (2017).
光合成は光捕集タンパク質複合体が太陽光を捕集し、そのエネルギーを反応中心タンパク質へ伝達する事によって開始する。数十~百nmの巨大複合体であるにも関わらず、量子効率1で数ピコ秒以内にエネルギー伝達を完了することが知られている。その高効率性を説明するために、今世紀に入って電子励起状態における量子性の関与が示唆された。複数の励起子状態、もしくは励起子状態に関与する複数の振電状態がコヒーレントに励起され、その非局在的な振る舞いが高効率エネルギー伝達に寄与する可能性を精査するために、超高速分光による量子ビートの観測、電子状態計算や理論的モデルの提唱が行われてきたが、20年に及ぶ議論にもかかわらず未だ結論は得られていない。
これまでは直接エネルギー移動に関与する色素分子に着目した研究が主であった。しかし、同じ色素分子でも複合体内の環境(近傍に存在するアミノ酸)により三次元的な構造が変化し、それに伴い量子状態も大きく変化する。我々は遺伝子組換え技術を用いて、異なるアミノ酸環境や色素分子配置を有する変異体タンパク質を人工合成し、時間分解二次元電子分光を用いて量子状態ダイナミクスの変化を観測してきた [1,2]。また近年は、色素分子周囲の環境を1アミノ酸レベルで変異させ、その構造をクライオ電子顕微鏡などにより原子レベルで測定する事が可能となってきた。決定された三次元構造から電子状態計算により理論的にエネルギー移動を捉える事も可能であるが、クライオ電顕では水素原子の可視化は難しく精度の高い計算は困難である。そのため超高速分光実験の役割は大きく、我々は遺伝子組換え技術と超高速分光技術とを融合させて光合成初期過程の謎に迫っている。
講演では、光捕集タンパク質複合体の機能について物理化学的に概説したあと、遺伝子組換えによる人工合成と二次元電子分光を組み合わせる目的を述べ、最近の研究結果と今後の展望を議論する。
References
[1] M. Tsubouchi, N. Ishii, Y. Kagotani, R. Shimizu, T. Fujita, M. Adachi, and R. Itakura, Opt. Express, 31, 6890 (2023).
[2] M. Tsubouchi, N. Ishii, T. Fujita, M. Adachi, and R. Itakura, J. Chem. Phys. 162, 145102 (2025).
電子顕微鏡や電子回折法に代表される電子線イメージング法は、サブオングストロームからマイクロメートルにわたる領域において物質の空間的な構造を可視化できる強力な手法として、物質科学や材料開発から様々な産業において不可欠な測定手段となっている。一方、物質の超高速変化を追跡する試みは、超短パルスレーザーを利用したポンプ‐プローブ分光法によってフェムト秒からアト秒の領域にわたって大幅に進展し、物質内の原子や電子の運動をスペクトルの時間変化として観測できるようになった。しかし、極短時間での原子や電子の動きにともなう物質の形状変化を直接的に可視化するためには、高い空間分解能と高い時間分解能を併せもつイメージング技術の開発が必須であり、超短パルスレーザーと電子顕微鏡を組み合わせた超高速イメージング技術の開発が世界各地で精力的に行われている。
本セッションでは、超短パルスレーザーと電子顕微鏡・電子回折法を組み合わせた先駆的な研究を展開されている下志万貴博 氏(名古屋大)と森本裕也 氏(理研)を講師に迎え、最新の研究を紹介してもらうことによって、電子線イメージングの将来展望について議論していきたい。下志万氏は、超短パルスレーザーと超短パルス電子を利用した超高速時間分解透過電子顕微鏡や5次元走査型透過電子顕微鏡を開発し、ナノ構造体の光誘起ダイナミクスの研究を展開されている。森本氏は、レーザー電場と電子線との相互作用を利用してアト秒パルス電子線を生成し、アト秒電子回折法・アト秒電子顕微鏡を開発されている。超高速電子線イメージング法の最前線の研究紹介を通じて、その将来展望や波及効果について、様々な研究分野の観点から議論して頂けたら幸いである。
近年、光や電流などの刺激を積極的に印加することにより、物質中の多彩なダイナミクスを引き起こす試みが盛んである。一般に空間と時間のスケールは互いに結びついており、小さな対象ほど短い時間スケールを有する。特にナノメートルからマイクロメートルの空間領域で生ずる現象は、フェムト秒からマイクロ秒の時間スケールに広く分布している。透過電子顕微鏡(TEM)は固体の局所物性を可視化する有用な手法である。しかし、これまでTEMを用いた材料観察では、カメラのシャッタースピードに律速されミリ秒を上回る時間分解能を得ることが困難であった。この時間分解能の壁を克服し、ミクロかつ超高速な固体ダイナミクスを可視化するため、パルスレーザーを用いたストロボスコピック・ポンププローブ法とTEMを組み合わせた超高速時間分解電子顕微鏡(UTEM)が世界中で盛んに開発されている。このような研究は、新規な局所高速現象の開拓、複雑物性の発現機構の解明、電子デバイス等の高速性能を律速する要因の理解に繋がると期待される。
我々はナノ秒パルスレーザーとフェムト秒パルスレーザーを併用し、広い時間領域をカバーするUTEMの開発を行ってきた。本装置では、TEMの手法(明視野・暗視野像観察、ローレンツ像観察、電子線回折)にポンププローブ法を適用することにより、ナノ材料の形態変化をマルチスケールに追跡することが可能となる。最近では、UTEMにピクセルカメラを組み合わせることで、固体中の分極電場・局所磁化・結晶構造などの物理量をピコ秒かつナノメートルの精度で空間マッピングする新手法「5次元STEM法」を開発した。講演では、これらの手法の実験原理とともに、ナノ磁気構造体や音響フォノン等のダイナミクスの観測例について紹介する。
電子顕微鏡、加速器やストリークカメラなどに広く用いられる電子ビームの制御には、静電場、静磁場あるいはマイクロ波が一般的に用いられている。その一方で、最近になり、レーザー光を用いた電子ビーム制御技術が開発されつつある。レーザー光電場の周波数はペタヘルツに近い高周波であり、したがって1周期はフェムト秒と短く、光子エネルギーは数電子ボルトと大きい。それらの特性を生かして、従来の加速器をはるかに凌駕する高い勾配での電子線加速、アト秒時間幅の電子パルス生成、そして、高速電子を媒体とした量子光学が可能となっている。基礎物理の観点では、レーザー光(光子)と電子の間の相互用をいかに効率的に起こさせるかが活発に議論されている。
本講演では、レーザー光を利用した電子線パルスの超高速制御について、我々が取り組んでいるアト秒時間幅の電子ビームの発生方法とその応用を交えながら紹介する。レーザー光電場によって電子ビームをフェムト秒の周期で加減速させることで、アト秒時間幅の電子ビーム列が発生する。アト秒電子ビームは、電子の電磁場と相互作用する利点を生かした試料内電磁場のアト秒イメージングや、電子の短い波長を生かした電子回折イメージングに利用できる。アト秒電子回折イメージングは、分子や固体内での電荷の動きをスナップショットとして撮影できる手法であり、その実現に向けた我々の取り組みも紹介する。
通常のコンピューターは0と1の値をとる膨大な数のbit素子に1bit演算(Not)や2bit演算(AndやOr)を有限回行うことにより任意の計算を行うが、入力数の増大に対し計算量が指数拡大し、事実上待てない。量子計算は0と1の重ね合わせ状態をとる量子bit(qubit)を使い、重ね合わせや量子もつれを使って指数拡大を多項式拡大に抑えて計算する。しかし重ね合わせや量子もつれが命のqubitはbitよりノイズに弱く、現在の量子コンピューターは大量のqubitで長時間の計算はできない。これをNISQ(Noisy intermediate-scale quantum)と呼ぶ。ただし形容詞句である(ので、NISQの後にはdevice、era等の名詞が来る)。これはノイズ緩和(error mitigation)という方法で対処する方法があり(これもNISQ)、少しは規模・時間の拡大はできるが、不十分である。
通常のコンピューターはbit誤りを訂正する回路が不可欠であるが、それは十分機能している。しかしqubitは振幅、位相、その両方という三種の誤りを訂正する必要があり、これが難題である。演算せず状態を保持するだけで起こるエラーに対する誤り訂正は前世紀末から「数個の物理qubitで1つの論理qubitをcodingする」アイデアがあったが、演算のエラーも訂正するものはその後提唱され、FTQC(Fault Tolerant Quantum Computer)と呼ばれる。現在アイデアは百花繚乱の様相であるが、1つの論理qubitを表現する物理qubitの必要数が膨大になるため、新しいアイデアが求められている。
もう一つの方向は、重ね合わせする独立状態が2つだけのqubitでなく、3つのqutrit、4つ以上も含めてqudit・・・で量子情報を構築することである。演算素子2つでできることがqubitよりqutrit、quditの方が広い表現空間を持つことは論を待たない。これはとりもなおさず「少ない素子数(回路のwidth)と演算段数(回路のdepth)」で同じことができる ー すなわち、量子回路の規模を大きくせずに同じ計算ができることが期待される。
今回二人の話題提供者の第1話者は、FTQC研究の大家である鈴木泰成博士で、FTQCの現状とそれへの期待に触れていただくことができると思われる。話題提供者の第2話者はErik Lötstedt博士で、quditについて話して頂く。両者ともそれぞれの研究で活躍されており、実質を伴った話を聴くことができると思われる。
量子計算は量子力学の原理を積極的に用いて高速な計算を実現する枠組みであり、現在世界中で盛んに開発が行われている。実用的な量子計算機を構築する際に通常の計算機と大きく異なる点として、デコヒーレンスによる忠実度と集積度の高さの両立の難しさがある。忠実度を高くするのが難しいという問題は量子誤り訂正により解決できるが、量子誤り訂正では誤りに耐性のある論理量子ビットを1つ構築するために100から1000個程度の量子ビットが必要になるため、集積化の要求がより厳しいものとなる。実際に近年のリソース推定によれば、通常の計算機を超える量子計算機を構築するためには10万量子ビット程度の規模の計算機を休みなく誤り訂正しながら数時間程度動かす必要があると考えられている。このように大規模なシステムでは個々の量子ビットの制御や忠実度など基盤となる各要素のメカニズムの理解だけでなく、実行するアプリケーションが要求する特性、量子ビットの長時間安定性、制御装置を含むシステム全体の拡張性といったマクロなシステムの考察が不可欠であることは想像に難くない。従って、実用的な量子計算機を実現するには、少数の量子ビットの仕組みを理解し性能を高める技術開発だけでなく、目指すスケールやそのスケールでのボトルネックを意識した計算機システム全体の設計も重要となる。
本講演ではこうした大規模な誤り耐性量子計算のシステム設計について議論する。講演では超伝導量子コンピュータの制御システムや実用規模を意図した誤り耐性量子計算機のシステムやソフトウェアなどでの具体的なベンチマークをもとに、実用規模の誤り耐性量子計算機の開発過程で予想されるボトルネックを様々な側面から解説し、これを解決するための手段について議論する。特に、デバイスの歩留まりや不均質さ、原子のロスなど、確率は低いが符号化では対処できないエラー、制御の安定性や帯域の限界といった大規模なシステムで加速度的に深刻になる課題が、抽象化とシステムのレイヤの最適化を通し量子デバイスの改善以外の手段でも緩和できることをいくつかの具体例をもとに示す。こうした実例をもとに、大規模な誤り耐性量子計算機で予想される課題と、これを解決する現実的な手段について議論する。
Quantum computing is usually discussed in terms of qubits — quantum two-level systems which can be in a superposition of the ground state, |0〉 and the excited state, |1〉. A quantum computer built from n qubits can, in principle, store a superposition of 2n quantum states in memory. We may also consider constructing a quantum computer from qudits, which are quantum systems with d levels. A quantum computer having n qudits could in principle store superpositions of dn states, which can be much larger than 2n when d >
> 2.
Qudit quantum computers are more challenging to operate and have therefore received less attention until now. However, they potentially offer advantages over qubit-based quantum computers. In this presentation, I will give an overview of qudit quantum computing from both experimental and theoretical perspectives, and some examples of the advantages of using qudits. I will also introduce our recent simulations of quantum dynamics of molecules using qudits.