2016 年のノーベル化学賞は、「分子マシンの設計と合成(The design and synthesis of molecular machines)」に与えられた。光などの外部刺激によって機械のように“動く”、複雑な化学構造を持つ人工分子を合成する手法を確立し、それらが刺激に応じて実際に動くことを示した一連の成果が評価されての受賞である。人工分子マシンは、分子設計の自由度が高い、光・電気・熱・酸化還元などの多様なエネルギー源を利用できる、高い構造安定性を示す、といった利点を持つ。しかしながら現時点では、合成して動きを実証しただけのプリミティブな段階である。有用な機能を発現する人工分子マシンはなく、社会的な実装はさらに先の課題である。
他方、生命は進化の過程でタンパク質や核酸からなる様々な生体分子マシンを生み出してきた。生体分子マシンは、優れた基質認識・化学反応特異性を示す、高い効率でエネルギーを変換できる、機能を発現するスケールがナノからマクロまで幅広い、といった人工分子では達成できていない特性を持つ。しかしながら生体分子マシンは、水中のみでしか機能しない、高度に特化・限定した機能しか示さない、熱に対し不安定である、といった欠点も抱えている。
こうして記述してみると、人工分子マシンと生体分子マシンはお互いに相補的な利点・欠点を有していることがわかる。両者の利点を融合できれば、これまでにない優れた分子マシンを創りだすことができそうである。しかしながらこれまで、両研究分野はそれぞれ独立に発展し、相互の交流や連携が不十分であった。本セッションでは、人工分子マシン、生体分子マシンの新進気鋭のエキスパートである金原数先生(東工大)、古田健也先生(情報通信研究機構)をスピーカーにお招きし、両研究分野の連携、融合について議論を行う。人工分子マシンと生体分子マシンの本質的な違いは何か、共通点はあるのか、を主な観点として議論を進めたい。
近年、自然界に存在する高性能な生体分子マシンにインスパイアされた新規の人工分子マシンが盛んに研究されるようになってきた。例えば、有機化学合成によって作られたロタキサンなどの分子や、DNA を主な構成要素とした DNA ウォーカーのような分子である。しかし、これらは外部からの摂動に逐一応答することで駆動されており、効率が低いだけでなく、エネルギー源を自分で取り込んで動き続ける自律性がないため、複雑で有用な仕事を行うにはまだまだ道のりは遠い。そもそも、細胞内で働く生体分子マシンが熱運動の嵐の中でどのように自律的な一方向性の動きを実現しているのか、という分子マシンの設計原理に関する本質的な点について、現状ではほとんど理解されていないと言っても過言ではない。理解が進まない理由の一つとして、従来の研究が天然の生体分子マシンを分析することに終始してきたことが挙げられる。とは言え、設計原理が分からない状況で一足飛びに人工分子マシンをゼロから作ることは困難である。そこで私は新たなアプローチとして、機能を持つ「部品」を生物から借りてきて、これを様々な形に組み上げることによって目的とする機能をつくることを試すような構成的な研究手法を取ることでこの状況を打破しようと考えた。このような試みの中で、私たちは最近、代表的な生体分子マシンである生体分子モーターの中でも、明確なモジュール構造を持つダイニンと呼ばれる分子マシンをベースとして、本来のレールではないアクチン繊維や、そもそも細胞骨格ではない DNA ナノ構造体に沿って一方向に動く新しい分子モーター群を創出することに成功した。得られた知見から、私は分子モーターの運動原理として従来考えられてきたよりもシンプルなメカニズムを提案した。本講演では、最新の知見を紹介し、生体分子マシンの動作原理を人工分子マシンに実装していく方法について議論したい。
生体分子機械の多くは生体膜中で機能する膜タンパク質である。外部刺激に応答した分子の構造変化を利用して,生体膜を介した情報やエネルギーのやりとりが行われている。このような,刺激応答性膜タンパク質の動作原理を模倣することで,エネルギー変換をはじめとする様々な機能を有する合成分子機械の実現が期待される。膜タ
ンパク質の主要な構造モチーフには,安定で大きな孔を形成するのに有利なβ—バレル型構造と,刺激応答性を付与するのに有利な複数回膜貫通型構造(MTM 構造)が知られている。MTM 構造は構造に柔軟性があるため,特に刺激応答性を中心とした動的機能を付与するために有利な構造と思われる。これらを背景に我々は MTM 構造を模倣した分子,すなわち親水部と疎水部が交互に配列したマルチブロック構造を有する分子を設計し,二分子膜中で動作する分子機械の実現を目指している。
具体的には,疎水部としてπ共役系骨格,親水部として単分散オリゴエチレングリコール骨格を交互に連結したマルチブロック構造を有する分子を設計した。この分子は二分子膜中で折りたたんだコンフォメーションをとり,これらが会合することでイオンチャネルを形成することが分かった。さらに適切な分子設計により,リガンド添加や張力などの外部環境に応答してイオンチャネルの開閉を制御することに成功した。この分子設計の拡張性は広く,様々な刺激応答性イオンチャネルの構築が可能になると期待される。本講演では,このようなマルチブロック骨格をもつ交互両親媒性分子の生体模倣分子機械としての可能性について紹介したい。
我々の宇宙の重元素起源の探求は、専門家でなくとも知的好奇心を大いにそそられる研究テーマでしょう。鉄より重い元素は太陽より重い星の最後に起こる超新星爆発でr過程と呼ばれる中性子捕獲過程により形成されたというのがこれまでの通説でしたが、最近では連星中性子星合体の方がr過程の現場として有力視されるようになっています。r過程による重元素合成では中性子過剰な不安定核を経る必要があります。この不安定核の崩壊時間や中性子捕獲確率が元素合成過程を正確に理解するカギとなっています。近年、重イオン加速技術や検出技術の進展により、重元素の中性子過剰核を実験室で合成し測定することが可能になってきました。一方、昨年夏、約 1 億 3000万光年かなたで起こった連星中性子星合体による重力波とその電磁波対応天体(キロノヴァ)が人類史上初めて観測されました。キロノヴァの電磁波スペクトルは宇宙における重元素合成の「現場」の様子を知る貴重な手掛かりを与えてくれます。そのた
めに r 過程元素の電磁波スペクトルデータの構築が世界的に進められており、今後そのデータ評価が重要になってくるはずです。
本セッションでは、地上の実験室における重元素不安定核の研究のためにも応用可能な超高強度レーザーを用いた新しい重イオン加速技術の開発、宇宙における重元素起源について現状までの理解と昨年夏に観測された連星中性子星合体のキロノヴァの電磁波スペクトル解析から得られた新しい知見についてそれぞれ紹介していただき、これらについて皆さんと議論したいと思います。
放射性同位元素のもつ崩壊時間や捕獲確率等の特性は超新星爆発や X(and/or γ)線バーストなどの宇宙における天体現象のダイナミクスを支配する元素合成過程を知るために必要不可欠であると考えられている。これらの天体の内部において、鉄よりも重い元素 r-process と呼ばれる過程で生成され、これらの不安定核子が大きくかかわると考えられているが、この過程は完全に理解されているわけではない。そのため世界における大型の重イオン加速器がフル稼働し、これらの不安定核の特性の研究がおこなわれている。しかしながら最新鋭の加速器技術をもってしてもなかなか取り出せない不安定核が存在することも確かであり、既存加速器技術にブレークスルーが望まれているという事実も存在する。
超高強度レーザーを薄膜ターゲットに照射すれば、薄膜ターゲット自体が、極短時間で振動するレーザー電場を準静的な電場に変換する役割を果たし、従来型加速器に用いられる加速空洞では発生不可能な究極に高い加速電界が照射時間に同期する時間(フェムト秒)準静的に発生可能である。この極高強電場はレーザー駆動型のイオンの加速の源として着目を集めている。この究極に高い加速電界を使えば、従来型加速器技術では不可能な、重元素の高エネルギー加速と多価電離を、同時に達成できる「極高強度準静的電場」が生じるため、従来型加速器技術、特に重イオン(不安定核)の加速器として、ブレークスルーを与えることが出来る可能性がある。
本講演においては、レーザー駆動重イオン加速研究の世界における最先端の研究を紹介し、上記のようなブレークスルーが果たして起こせるのか否か、実現に向けた課題を含めて議論する。
私たちの身の回りにある元素のうち、水素、ヘリウム、リチウム以外の全ての元素は宇宙が始まった時には存在せず、長い宇宙の歴史の中で、星の内部などで合成されました。数ある元素の中でも、金やプラチナなどの重元素を合成するには、急速な中性子捕獲(r過程)が必要となり、その起源は未だ明らかになっていません。r過程を起こす候補天体としては「超新星爆発」と「中性子星合体」があります。特に、中性子星合体は重力波の直接観測のターゲットであるだけでなく、r過程を起こすことで放射性崩壊エネルギーによって可視光や赤外線を放射することが予想されており(「キロノヴァ」と呼ばれる)、その天文観測に期待が集まっていました。
2017年8月、中性子星合体からの重力波が史上初めて検出され、さらに、電磁波による追跡観測によって、同じ天体が可視光や赤外線でも捉えられました。重力波と電磁波の連携による「マルチメッセンジャー天文学」の幕開けです。電磁波放射の性質はキロノヴァよる光り方の予想と酷似しており、中性子星合体でr過程元素が合成された兆候が得られたといえます。
中性子星合体から発せられる光は、自身が合成した大量の重元素の中を束縛遷移で相互作用しながら抜けてくるものです。しかし、重元素の原子データが不足しているため、光り方の予想の精度や、実際の観測データから引き出せる情報は未だ限定的と言わざるを得ません。本講演では、中性子星合体の「マルチメッセンジャー」観測から得られた重元素合成に関する最新の知見を紹介し、天文観測データを読み解くための重元素の原子データの重要性を議論します。
Quantum annealing is a metaheuristic to solve combinatorial optimization problems. Hardware implementation of quantum annealing by D-Wave Systems Inc. has aroused a great deal of interest in this field, and the number of active researchers keeps growing. Also, corporate users have started to test the machine to see if and how real-world problems can be solved on the device. These studies are revealing almost day by day the potentials and, at the same time, limitations of the current implementation and theoretical foundation. This is the right time to overview the current status, listen to the latest research results, and discuss possible future directions. The session will start with a brief introduction to the field by Hidetoshi Nishimori, Tokyo Tech, with the AMO audience in mind, followed by reports on latest progresses from two prominent researchers. Wolfgang Lechner of Univ. Innsbruck will describe theoretical ideas to implement long-range interactions on the system of ultracold atoms. Andrew Berkley of D-Wave Systems Inc. will talk about cutting-edge research using the D-Wave 2000Q, a quantum annealing platform based on superconducting technology. After these talks, the audience will be invited to join the discussion on future directions of quantum annealing and related quantum technologies.
In this session I will give an overview of the lattice gauge formulation of optimization problems introduced in Ref. [1]. In this mapping, qubits are arranged in 2d on a square lattice and the optimization problem is encoded in the local fields. The interactions are problem independent 4-body interactions among nearest neighbors. This allows one to implement a programmable quantum annealing device with ultracold atoms in optical lattices [2]. I will also give an outlook to novel applications of a lattice gauge annealer for quantum computing [3].
[1] W. Lechner, P. Hauke, and P. Zoller, Science Advances 1, e1500838 (2015).
[2] A. W. Glaetzle, R. M. W. van Bijnen, P. Zoller, and W. Lechner, Nature Communications 8, 15813 (2017).
[3] L.M. Sieberer and W. Lechner, arXiv preprint arXiv:1708.02533 (2017).
The D-Wave 2000Q (www.dwavesys.com) is a physical implementation of the quantum annealing algorithm based on the transverse Ising model. It is built using 2048 superconducting flux qubits operated at a temperature of 10 millikelvin. While much work using the D-Wave 2000Q has focused on the application of the quantum annealing algorithm to attack classical optimization problems, we have recently been investigating its use as a tool for quantum simulation. I will present two experiments using the quantum processor as a quantum simulator. First, we measured a Kosterlitz-Thouless phase transition in a 2D lattice of 1800 qubits, induced by the interplay between quantum fluctuations and geometrical frustration. Second, we studied a prototypical quantum magnetic system, an 8x8x8 cubic lattice of effective Ising spins: by tuning the transverse magnetic field and the degree of disorder, we demonstrate transitions between paramagnetic, antiferromagnetic, and spin glass phases.
2013 年の暮に、Y Cheng が D Julius 等と共同で、結晶学では構造解析が出来なかった TRPV1 チャネルの 3.4Å分解能での構造解析に単粒子解析法を用いて成功した。この解析を可能にした最も大きい理由は K2 Summit と名付けられた電子線直接検出可能な高性能高速カメラシステムが Gatan 社と D Agard 等により開発されたことによるが、膜タンパク質の高分解能の解析に必要な界面活性剤の悪影響を最少にする方法が開発されたことと、期待値最大化法を使った RELION 等の解析ソフトが発展したことによ って実現された。歴史的には、電子線結晶学を用いて 1975 年に R Henderson と N Unwinによって最初に膜タンパク質の構造が解析され、電子線結晶学では 2Åより高い分解能で膜タンパク質の構造を解析することが出来たが、高い対称性を有していない膜タンパク質の様な試料では、単粒子解析によって原子モデルが作製できるレベルの構造解析は不可能であった。K2 Summit 等のカメラを用いると、良い DQE(Detectable Quantum Efficiency)で画像が記録できるとともに、像の動きを補正でき、多少損傷を受けていても良い S/N の像を得る条件と電子線損傷の少ない画像だけで構造解析する条件を自在に選択できることによって、単粒子解析法が大きく進歩することになった。成功する保障のない結晶化を行わなくても、極めて短期間に構造解析が可能になったことにより、構造生物学が激変することになった。一方、日本においては、クライオ電顕の深い理解がないまま 1Å分解能の解析の実現が喧伝されており、科学的にはやや混乱した状況も見られる。そこで、クライオ電顕による構造研究の歴史と現状について、何が重要で何が重要でないかを確認し、広い分野への影響を概観した上で、将来の展望について議論する。
生体分子の立体構造情報は、生命科学や医科学・医療創薬にとって基盤的な情報である。単細胞微生物から動物植物などの多細胞生物にいたるまで、多様な生物の生命活動を支える様々な仕組みは見事なほどに共通しており、そういった機能がすべてタンパク質や核酸などを構成する数千個から数万個の原子の立体配置によって決まる分子構造を基盤としているからである。しかもその構造は柔らかくてダイナミックで、熱ゆらぎを積極的に活用する動的構造により分子間の結合解離を繰り返し、物質や情報やエネルギーをやり取りするよう設計されている。生命科学の大きな課題の一つはこういった機能を支えるメカニズムの解明であり、そのためには様々な機能を持つ数十万から数百万種類におよぶ生体分子や複合体の立体構造を解明することが必要である。つい数年前まではX線結晶解析法やNMRが高分解能立体構造解析手法として構造生物学分野で基盤的役割を果たしていたが、結晶化の必要性や分子量上限の存在が大きな制限となっていた。しかし最近はクライオ電子顕微鏡法の分解能が向上し、構造解析技術の大きな柱となって注目を浴びている。単粒子像解析法では、ごく僅かな試料水溶液を薄膜として急速凍結し、アモルファスな氷薄膜に包埋した生体分子の電子顕微鏡像の解析により立体構造を解析でき、数 10 µl 程度の水溶液試料を準備するだけでよいからである。分解能の飛躍的な向上は、高感度・高解像度で高速フレームによる動画モード撮影を可能にした電子線直接検知型 CMOS カメラの出現によるものである。電子線照射によって容易に損傷を受ける生体分子の立体構造がどのようにして原子レベルの分解能で解析できるようになったのか。クライオ電子顕微鏡法における技術開発の歴史と現状、そして今後一層の技術開発による将来への期待と展望を議論したい。
Electron cryomicroscopy and single particle image analysis has become a powerful tool in structural biology. Crystallization is not required, and there is no upper limit in the molecular size. Only a few tens of micrograms of specimen in solution is sufficient for structural analysis. The recent technical progress has been made possible mainly by a high-resolution CMOS image detector. Its high-speed image acquisition allows image blurring by specimen drift, charging and ice deformation to be eliminated by motion correction to achieve near atomic resolution. However, there is still a possibility of further technical developments in electron optics of the microscope towards atomic resolution structural analysis. Such possibilities will be discussed.
クライオ電子顕微鏡の開発に大きく貢献した三氏に対して、2017 年のノーベル化学が贈られた。また、毎週の様に重要な生体分子の近原子構造がクライオ電子顕微鏡によって報告されている。これらは、クライオ電子顕微鏡の分野の中でも、単粒子解析と呼ばれる手法によるものである。
一方、細胞あるいは、細胞の一部を観察する方法としてクライオ電子線トモグラフ ィーがある。我々はこの手法を使い、真核生物の繊毛構造を観察してきた。繊毛は非常に複雑な細胞内小器官であり、様々な細胞でプロペラやアンテナなど重要な役割を果たしている。 繊毛は、何百もの異なるタンパク質が、自己組織化によって正確に組み立てられる。 こうした繊毛の「部品」の機能を理解するためには、その三次元位置を正確に決める必要がある。
この目的の為に、我々はクライオ電子顕微鏡と遺伝学を用いて特定のタンパク質を標識し、その三次元位置を同定してきた。これによって、繊毛の部品の機能が、分子レベルから明らかになりつつ例を紹介する。さらに、最近われわれが導入したゼブラフィッシュとマウスはゲノム編集技術を適用することができるため、クライオ電子顕微鏡と組み合わせることで、繊毛以外の細胞構造についても大きく理解が進むのではないかと考えており、その可能性についても議論したい。
軟エックス線領域の超高輝度光源として、加速器ベースの自由電子レーザー(FEL)光源と、 レーザーベースの光源 (例: HHG) の進展が近年著しい。 特に、 レーザーを種光に使うシード FEL 光源は、 longitudinal 位相空間におけるレーザーの優れた特性 (例: アト秒パルス、 シングルモード) と、 FEL の大強度特性とを兼ね備えた光源として、 注目されている。 イタリア・トリエステの FERMI は、 HGHG (High-Gain Harmonic Generation) 方式のシード FEL 光源を開発し、 波長数ナノメートルのコヒーレント軟 X 線をユーザーに提供している。 FERMI では、 良好な時間コヒーレンス特性を活かした、 ユニークな利用研究が展開されている。 我が国においては、 理研播磨の SCSS 試験加速器において、 東大、 理研和光等とのコラボレーションにより、 2010 年、 波長 61 ナノメートルの HHG シード FEL の生成に成功した。
本セッションでは、 はじめに、 超高輝度軟エックス線光源の開発並びにその応用に関する最近の世界情勢を概観する。 次いで、 二人の演者により、 新たな光源の可能性と開発戦略に関する紹介がなされ、 最後に全体討論を行なう。
自由電子レーザー(FEL)は、従来とは異なる原理で動作する新たなレーザー光源である。加速器で生成された高エネルギー電子ビームに、発振波長と同じピッチで密度の濃淡(=マイクロバンチ)を誘起し、アンジュレータと呼ばれる周期的磁場を発生する装置に入射することによって、高強度のコヒーレント光を発生する。発振波長に原理的な制限が無く、かつ加速器やアンジュレータに特殊な機器を実装することによって様々なレーザー発振が可能であるため、その特性を生かした多種多様な成果が創出されている。一方、原理的にはアト秒以下に達する可能性のある最短パルス幅は、赤外レーザーと同等のフェムト秒に留まっている。この原因として、技術的側面と理論的限界があり、それぞれを克服するための研究開発が進められている。
技術的側面としては、現状で利用可能な加速器ハードウェアの性能や、レーザー発振に必要な短バンチ電子ビームに伴う物理現象(空間電荷やウェイク場)などを挙げることができ、これらの要因によって、レーザー発振媒体であるマイクロバンチ領域の長さ(=FEL パルス長)が制限される。SACLA や LCLS などの X 線 FEL 施設においては、加速器パラメータを最適化することにより、運転開始時点に比べて 1 桁以上短いパルス幅(数フェムト秒)が実現されているが、さらなる短パルス化は困難な状況である。これは、上記の技術的側面に加えて、FEL の発振原理に短パルス化を阻害する本質的な要因が含まれているためで、この理論的限界を打破するための様々な手法が提案されている。
本講演では、自由電子レーザーの短パルス化に向けたこれらの研究開発の進展を紹介すると共に、その将来について展望する。
従来の加速器 X 線発生は縦方向(進行方向)の密度分布を進行方向の光との相互作用によって得る方法であったが、6次元のエミッタンスコンバーターを用いる事で横方向の密度分布を縦方向に変換する事が可能である。
また従来の GHz 帯の高周波では数十 fs 程度のバンチ長に圧縮するのが限界であったが、テラヘルツ帯の加速器ではさらに2桁短いアト秒オーダーのバンチ圧縮の可能性がある。エミッタンスコンバーターによりあらかじめ作られた密度分布をテラヘルツ加速で強力に圧縮する事によりアト秒の軟 X 線を発生する検討について発表を行う。またテラヘルツ加速器では電界を高くできるため、加速器本体を小型化できる。テラヘルツ加速器のテラヘルツ光源としては、ビーム駆動による方法とレーザー駆動による方法の双方の実証試験を行っている。
ビーム駆動については従来加速器で圧縮した電子ビームからのテラヘルツ放射を利用する方法であり、テラヘルツの放射強度は GV/m に到達できる。一方レーザー駆動のテラヘルツ放射については、MgO:PPLN による非線形光学効果を用いた方法が有望であり、近年アイドラー光のカスケーディングによる高効率化が進んでいる。このためのレーザー開発も行っており、これらのテラヘルツ発生についても簡単に紹介する。