量子もつれ(entanglement)は量子情報だけでなく基礎科学や計測への広がりが期待されている。基本的に相互作用があれば量子もつれが発生するが、特に光と原子(分子・人工原子を含む)の相互作用や光を介した原子と原子の相互作用を用いて、新しい局面に向けての挑戦的研究が検討あるいは実行されている。たとえば光ファイバーを介して遠隔原子間に量子もつれを形成すること、多光子分光やその先にあるかもしれない量子もつれ分光の可能性検討、そして人工原子と光(マイクロ波)の強結合を利用した新しい人工分子の実験などである。本セッションではこうした局面を概観したあと、分子化学研究所の石﨑教授に多光子分光や量子もつれ分光の可能性について、NICT の仙場上席研究員に超伝導回路による人工原子と光(マイクロ波)の超強結合領域での新しい分子状態について話題提供していただく。
従来の非線形分子分光法では、分子系にコヒーレントなレーザーパルスを複数照射し、レーザーパルス間の遅延時間またはそれに共役な周波数をパラメータとして分子系の動的な情報を得てきた。レーザー光はコヒーレント状態で表現される “古典的な光” であるが、近年、量子もつれ光子対など “量子的な光” の状態に特有のパラメータや光子統計を制御する事で実現され得る新しいタイプの非線形分子分光法の可能性に興味が持たれ始めている。本講演では、話題提供として、量子もつれ光など非古典的な光が見せる吸収バンド幅の性質( time-energy entanglement またはtime-and-frequency correlation)を利用した分子分光理論を概観し、量子もつれ分光法の可能性を議論したい。
光と原子の相互作用を極端に強くするとどうなるか?」という基礎的な問題は、原子物理学において永く研究されてきたものの、非常に強い相互作用を実現する適切な方法が見つからず、未解決のままであった。私達は、超伝導人工原子とマイクロ波の超強結合に関する研究の中で、非常に強い相互作用により真空ゆらぎが増強され人工原子に纏わりついた「光と物質の新しい分子状態」とでも呼べる基底状態が存在することを発見した(F. Yoshihara, T. Fuse et al., Nature Physics 13, 44( 2017))。今回の実験では、微細加工技術を用いて作製された原子と同等の量子的性質を持つ超伝導人工原子と、超伝導共振回路内のマイクロ波光子が使われた。大きな零点ゆらぎをもつLC共振回路と超伝導人工原子がジョセフソンインダクタンスを介して非常に強く結合するよう回路設計を工夫したところ、相互作用エネルギーが光子自身のエネルギーや原子自身のエネルギーを凌駕した(深強結合)状態を実現することに初めて成功した。この非常に強い相互作用を反映して、従来とは桁違いの90%に迫る Lamb シフトも観測された。また深強結合では、原子状態が重ね合わせ状態の場合、共振回路内の真空ゆらぎも原子状態に強く影響を受けたdisplaced vacuum となり、高いパリティ対称性を有する 原子-光(マイクロ波)量子もつれ状態を形成する。この新たな対称性を反映して、遷移スペクトルには選択則が観測されると考えられていた。超伝導人工原子とマイクロ波光子の相互作用の強さを系統的に変えた試料を用いた実験においてついに明瞭な選択則が観測され、基底状態を含む全状態でシュレディンガー猫状態のような光子と原子のもつれが生じているという解釈が支持されることとなった。本研究により1970 年代から続く、光と原子の相互作用が極端に強い場合の物理を巡る論争に関して希少な実験結果が提供され、光と原子(物質)の相互作用に全く新たな領域が存在することが明らかとなった。また、従来に比べて桁違いに広いエネルギー範囲で光と物質の相互作用を操ることが可能となったので、非古典光を扱う量子技術分野の研究の発展にも貢献できる可能性がある。
多数の原子や分子が相互作用しあう量子多体問題は超電導や磁性の発現から液体中の化学反応に至るまで多くの重要な物理・化学・生命現象を支配している。従って量子多体問題を理解することは現代科学の中心課題の一つである。しかし、量子多体問題を「厳密に」解くことは極めて難しいことが知られており、2020 年に向けて開発が進められているポスト京コンピューターを使ったとしても、30 粒子以上の量子多体問題は扱えないことがわかっている。仮に1000 粒子であれば10 の274 乗年という天文学スケールを超えた時間がかかってしまう。
そこで以下のような試みが進められている。
(1)大規模な古典計算機(「京」など)と量子モンテカルロ法などの計算物理学的な近似手法を組み合わせることによって大規模な多体問題に対応する。
(2)量子多体問題を古典計算機で解く代わりに、極低温原子の集団など制御性の高い物理系に量子多体問題をマッピングして、そこでの模擬実験から量子多体系の物性をより良く理解する。この概念はファインマンによって1982 年に提唱されたもので、「量子シミュレーター」と呼ばれている。
本セッションでは(1)と(2)のそれぞれで最先端の研究を進めている研究者からの話題提供を元に、量子多体問題の現状と展望について議論する。
互いに強く相互作用する量子多体系において、様々な量子相や特異な非平衡ダイナミクスが見出されている。量子ゆらぎの効果を非摂動的に取り入れる数値シミュレーションの技術は、不可欠な研究手段となってきているが、波動関数の計算に必要なメモリ量や計算量は、系のサイズに対して指数関数的に増加するため、ポスト京コンピュータをもってしても、50 スピンの基底状態計算が限界である。散逸がある場合には、密度行列全体の計算が必要であり、スピン数はさらに制限されることになる。
指数関数の呪いから抜け出すには、物理的に重要な性質を失うことなく情報を圧縮する、あるいは情報を間引く技術が本質的である。波動関数に基づく手法としては、近年、テンソルネットワーク法が急速に発展している。この手法では、波動関数を局所的なテンソルの縮約として圧縮するが、低次元や相関が短距離的である場合には非常に有効である。さらに、有限温度の計算においても、熱的量子純粋状態と呼ばれるたった一つの波動関数を用意することで、熱平衡状態の計算が行えることが示され、はるかに大きな系の計算が可能となってきた。
一方、虚時間経路積分表示に基づく量子モンテカルロ法では、フラストレートスピン系や実時間発展が扱えないなど制限も多いが、非局所更新法と大規模並列化の組み合わせにより、数十億スピン系のシミュレーションも可能となった。量子相の特徴付けにおいては、トポロジカルな非局所的相関関数や、エンタングルメントエントロピーといった量子情報論的な量が重要な役割を果たすが、そのような局所的な演算子の期待値としては書けない量についても、虚時間経路積分のトポロジーや境界条件に細工することで量子モンテカルロでも計算可能となってきている。
本講演では、強相関量子多体系に対する数値シミュレーション手法の現状と最新の手法を紹介し、今後の展望について議論したい。
多数の粒子が相互作用する量子多体問題を理解することは現代科学における中心課題の一つである。しかし、量子多体問題を古典計算機で厳密に計算することは極めて難しいことが知られている。そこで近年、制御性の良い別の量子多体系を準備し、これを用いて実験的に量子多体問題を解明するという量子シミュレーターの研究が盛んに行われるようになった。
我々はこれまでに「極低温まで冷却された強相関リュードベリ原子集団」と「アト秒精度のコヒーレント制御技術」という2 つの独自ツールを用いて、1 ナノ秒より短い時間に数万原子からなる量子多体系の厳密シミュレーションを可能とする「超高速量子シミュレーター」の開発を進めてきた。近年、光双極子トラップ中の極低温ルビジウム原子集団をピコ秒パルスレーザーで励起するという独自の手法によって強相関リュードベリ原子集団を創り出し、超高速量子シミュレーターのプロトタイプを開発することに成功している[1,2]。ここでは、これまでの極低温リュードベリ研究のように狭帯域の連続波レーザーを用いる代わりに、広帯域のパルスレーザーを導入するという独自の手法によって、桁違いの強相関状態を創り出し、時間領域ラムゼー干渉法によってその1 フェムト秒周期の超高速電子ダイナミクスをアト秒精度で観測・制御することに成功した。さらに、固体材料をシミュレートするため、我々は3 次元光格子トラップを導入し、光格子の各サイトを単一原子が占有するモット絶縁体状態を実現した。
本講演では超高速量子シミュレーターの基礎概念と、その実現に向けた近年の実験の進展について紹介する。
[1] N. Takei et al., Nature Communications 7, 13449 (2016).
[2] C. Sommer et al., Phys. Rev. A 94, 053607 (2016).
中性子星は、夜空に瞬く星々や天体写真でしばしば目にするきらびやかな星雲とは異なり、なにやらミステリアスな印象を我々に与えるが、実際、この天体は未だ多くの謎に包まれている。半径がわずか10 km 程度でありながら太陽に匹敵する質量を有するこの高密度天体の内部では、もはや原子や分子は存在できず、中性子の流体や、ハイペロンと呼ばれるストレンジクォークを含む粒子、更にはクォーク物質といった、地上で目にする物質の状態とは全く異なる世界が実現していると考えられている。しかし、その詳細は未知である。また、最近の「太陽質量の2 倍に匹敵する巨大質量を有する中性子星」の発見は、既存のいくつかの理論と矛盾しており、中性子星に対する我々の理解に変更を迫るものとして大きな注目を集めている。
実証科学としての物理学の正攻法は、中性子星に直接赴き観測することであろう。しかし、現時点で人類のテクノロジーはそれを可能にする水準にはなく、代替案として実験室で中性子星を作り出すこともできない。また、近いものでも100 光年以上も離れたわずか10 km 程度の中性子星に対する天文学的観測手段は限定的である。では、我々は、いつの日か恒星間旅行を可能にする技術を手にするまで指をくわえて待つだけなのであろうか?
答えは否である。近年、中性子星の謎の一端が、一見すると天体研究とは異なる方面からのアプローチにより解き明かされようとしている。このセッションでは、それぞれ原子核物理学、冷却原子ガス物理学の分野から中性子星の謎の解明に挑んでいる中村先生、堀越先生にこの挑戦的研究の戦略と現状、未来への展望について紹介していただく。お二方の講演とその後の議論を通じ、中性子星の理解に向けた挑戦に対し更なる展望が開けることを期待したい。
中性子星は、文字通り大部分が中性子でできており、半径約10km の中に太陽の1-2倍程度の質量が詰まったコンパクトな天体である。中性子星は、観測可能な天体としては密度が最大の「高密度天体」であるとともに、「マクロな量子多体系」、あるいは「巨大な原子核」ともいえる興味深い天体である。宇宙の観測ではパルサーとして知られ、中性子の「質量」は様々な手法で精密に求まるものの、「半径」については現在でも5km を超える誤差があり、そのため最高密度や最大質量、中性子星の物質構成にも大きな不定性がある。
一方、中性子星の物性を決めているのは、極限状態にある原子核の性質である。特に巨視的核子多体系(核物質)やハドロン系の「状態方程式(Equation of State, EoS)」はその基本方程式であり、これが決まると原理的に中性子星の半径を正確に予言できる。しかしながら、中性子が大部分を占めるような核物質(中性子星)の状態方程式は、核物理で未だに決定できておらず、同分野の最重要課題の一つとなっている。
本講演では、中性子星の物理で何が問題になっていて、それを核物理でどう解こうとしているのかについて議論したい。現在、最先端の重イオン加速器で生成される中性子過剰核の量子ビーム(不安定核ビーム)を利用した手法が進展しつつあり、日本はこの分野で世界最先端を走っている[1]。例えば、中性子スキンや中性子ハローを持つ特異な原子核、さらには束縛限界を超えるほど中性子数を極限にまで増やした原子核を人工的に生成し[2]、核分光や核反応の手法を駆使して、中性子星の核物質の性質が解き明かされようとしている。こうした。核物理的手法による中性子星についての最近の研究の動きを紹介しながら、この問題を議論する。
参考文献:
[1] 中村隆司著「不安定核の物理」基本法則から読み解く物理学最前線8、共立出版
[2] Y.Kondo, T.Nakamura et al., Phys. Rev. Lett. 116, 102503 (2016).
中性子星を簡単に表現するならば、主に中性子、陽子、その他バリオンと電子から成る原子核星であり、同時にそれらの粒子が量子多体的に振る舞っている量子星である。中性子星を構成するこれらの物質は中性子星核物質と呼ばれている。中性子星の内部構造およびその質量と半径の関係は、密度に依存した中性子星核物質の内部エネルギー、つまり状態方程式(EOS)によって一意に決まる。これまで様々なEOS が原子核理論より計算されているが、現状の原子核実験と中性子星の観測データのみでは、それらの妥当性を評価するには不十分の状況にある。中性子星は複雑な量子多体系であるが、中性子星核物質の大部分が中性子であるため、基本的な中性子星の物性は、中性子物質の物性によって与えられると考えられる。
中性子星が量子星であることに注目し、中性子をフェルミ統計性を持った物質波として考え、粒子間の相互作用を散乱波の位相シフトとして考えられる条件の下では、極低温原子気体(冷却原子)による中性子物質の模擬実験が可能になる。冷却原子はレーザー冷却の技術を用いて実現される100nK 程度の極低温の原子気体であり、温度・密度・散乱長の制御が可能なため、中性子星核物質の量子シミュレータとして働く。実際我々は、フェルミオンである6Li 原子を用いて希薄な中性子物質に相当する量子多体系を実現し、そのゼロ温度極限におけるEOS を高い精度で決定し、中性子物質の状態方程式の基本曲線を世界に先駆けて示した[1]。これまで低密度領域の中性子物質の実験データが存在しなかったため、本研究により初めて低密度領域での原子核理論の評価が可能になった。本研究で実証されたように、冷却原子による量子シミュレーションによって他の物理系に知見を与える事ができる。今後の更なる冷却原子研究の活躍が楽しみである。
参考文献:
[1] 堀越宗一「冷却原子実験から希薄中性子物質へ」原子核研究 第61 巻1 号 ( 2016年9月発行)
数サイクル光パルス発生、CEP 制御に代表される最先端レーザー制御技術は、超広帯域にわたる光波を搬送波位相精度で重ね合わせ、任意形状電界を作る「光波電界合成」を可能にしつつある。こうした技術の出現は、包絡線パルス利用を基盤とする在来の超高速光エレクトロニクス技術から、既存の電波技術の上限を光搬送波周波数(サブペタヘルツ(サブPHz))まで拡張した技術への変革を予見させる。光波エレクトロニクスの技術変革を実現する一つの鍵は、搬送波周期程度の時間領域における物質電子系、殊に固体表面電子系の挙動に基づく光電変換過程の活用であろう。そこで、本セッションでは、光搬送波の振動周期に迫る短い時間内での固体表面電子系の光波電界に対する挙動の研究を推進している2名の研究者に最新の成果に関連する話題を提供して頂くとともに、固体表面電子が、入射光電界に対してどこまで忠実な応答特性を示しうるのかなど、真に光搬送波周波数で応答するデバイス技術などへの展望について考えるきっかけとなることを期待する。
界面をはさんで隣接する2 物質の誘電率(ε1,ε2)が異符号の場合には、界面に強く束縛された電磁波の固有モードが存在する。これを表面電磁波( surface électromagnétique wave)という。負の誘電率の起源は物質分極による外場のスクリーニングであり、可視-近赤外域では金属が、近赤外-中赤外域ではキャリアドープ半導体や金属酸化物がよい負誘電体となり、電子の粗密波である表面プラズモンポラリトン( SPP)を励起するほか、中赤外-THz 域では半導体や絶縁体がフォノンに由来する負の誘電率を示し表面フォノンポラリトンを励起する。特に金属-誘電体界面の SPP 研究は2000 年頃から爆発的に増大し、この時期の SPP 研究の代表的なレビュー論文( Barnes, et al., Nature, 424, 824(2003))の被引用件数は 6150 件に及ぶ。そこでは SPPの効用として「フォトニックデバイスの小型化」が強調されている。当初、ほぼ金と銀に限られていた負誘電体材料も多様化し、今日ではメタマテリアル・メタ表面研究と発展的な融合を見せている。電磁波が伝搬する空間の誘電率、透磁率のみならず、カイラリティや分散を人工的に制御し、superluminal など特異な信号伝搬を実証するツールとなっている。筆者らが取り組むフェムト秒時間分解顕微鏡法によるプラズモン波束の映像化は、このような信号伝搬の特異性の解明にも有効である。
光パルスの包絡線に対する光電場の振動のタイミング(キャリアエンベロープ位相: CEP)を正確に制御する技術の出現により、可視光から近赤外光にかけての「光」を特徴づけるパラメータは原理的に計測かつ制御可能な量となった。この CEP 制御技術は、高次高調波発生と結びつき、単一アト秒(1 as = 10-18 s)パルスの発生を実現させ、我々は光の 1 周期よりもはるかに短い時間スケールに直接アクセスすることが可能となった。位相まで正確に制御された光パルスの発生と、サブサイクル時間スケールにおける光と物質の相互作用では、光パルスは、単なる瞬間的なエネルギー励起源ではなく、サブペタヘルツ(1 PHz = 1015 Hz)で振動する電界として取り扱う方が適切となる。このような革新的光技術は、光電界を自在に計測・制御し、光電界の周期時間スケールで応答する物質の光機能を実現する「ペタヘルツ波エンジニアリング」の可能性を予見させる。その物理的な要は、光電界と物質系、特に電子系とのコヒーレントな相互作用が引き起こすアト秒時間スケールの電子系ダイナミクスである。高次高調波を用いた時間分解分光法は、このようなアト秒時間スケールの光物性を探索するための強力な実験手法である。
本講演では、NTT 物性科学基礎研究所で取り組んでいる高次高調波を用いた時間分解分光法による固体電子系ダイナミクスの研究について紹介する。まず、高次高調波アト秒パルス列を光源としたフェムト秒時間分解光電子分光法による半導体表面のキャリア励起ダイナミクスについて紹介する。次に、時間分解能をアト秒時間領域まで拡張したアト秒過渡吸収分光法によるワイドギャップ半導体電子系の分極応答の研究を紹介する。 最後に、固体表面電子系を直接計測可能な角度分解光電子分光法( ARPES)と高次高調波を組み合わせた時間分解 ARPES の取り組みについて紹介し、アト秒領域の固体表面光物性の研究への展開について議論したい。
2016 年のノーベル生理学・医学賞が「オートファジーの仕組みの解明」に寄与した大隅良典先生に授与された。オートファジーは生物の持つリサイクル活動で、最初に酵母でその仕組みが発見された後、我々哺乳類の体でも重要な働きを担っていることが次々に明らかになりつつある。特に、このオートファジーの作用により、一見安定しているよう見える我々の体も約2ヶ月で体のほとんどの部品が新しいものと入れ替わっており、環境の変化に応じて体の一部をより積極的に分解することがわかってきた。本セッションでは、哺乳類におけるオートファジーに関する最先端の研究を進めている研究者からの話題提供を元に、オートファジー研究の現在と未来について議論する。
オートファジーとは、オートファゴソームによって細胞内の物質を囲い込み、リソソームで分解する細胞機能である。オートファジーの発見は1950 年代に遡るが、その分子基盤は永く不明のままであった。その状況を打破したのが、1993 年の大隅良典東京工業大学栄誉教授による酵母オートファジーの分子機構解明であった。このブレイクスルーを端緒にオートファジーの理解が急速に進み、オートファジーの生理的病理的重要性が明らかになったため、大隅博士は2016 年ノーベル生理学医学賞を受賞された。
この10 年にオートファジー分野は劇的に発展したが、多くの研究は哺乳類を対象としている。オートファジーは細胞内浄化により細胞の恒常性を維持し、感染症、腎症、脂肪肝、炎症性疾患、神経変性疾患、発がん、心不全などの多岐に亘る疾患を抑制していることが明らかになってきた。さらには寿命延長にも関わる。私は1996 年の大隅研発足時に助教授として招聘され、大隅博士の発見を哺乳類に拡大し哺乳類オートファジー研究の基礎作りに貢献した。例えば我々がオートファゴソーム結合タンパク質LC3 を同定しオートファジー動態のイメージングを可能にしたことで、研究は飛躍的に進んだ。当該論文の被引用数は4,000 を超え分野で1位である。最近には分野最大の謎として永年論争の的となってきたオートファゴソームの起源について、小胞体とミトコンドリアの接触部位が形成の場であることを示した。我々はオートファジーが病原性細菌の排除も行うことを世界に先駆け報告し、その解析から選択的なオートファジーが存在することも明らかにした。また障害を受けたリソソームを除去する選択的オートファジーを新たに見出し、それが高尿酸血症性腎症の抑制に重要であることを示した。我々が同定したオートファジー抑制因子Rubicon の増加が高脂肪食摂取による非アルコール性脂肪肝発生の主要因であることも突き止めた。
細胞内ではタンパク質などの生体成分の合成と分解が繰り返されることで、細胞の機能や恒常性が維持されている。この細胞内分解システムの一つがオートファジーである。昨年大隅良典氏がノーベル生理学医学賞を受賞するなど、オートファジー研究はにわかに注目が集まっている。オートファジーの破たんが神経変性疾患、腫瘍など多様な疾患と関連することが報告されている。しかし、オートファジーの分子機構については未だ解明されていない点が多く、オートファジー関連疾患の特定や、オートファジーをターゲットとした治療戦略にとって障壁になっている。
オートファジーが誘導されると、細胞内では「オートファゴソーム」と呼ばれる二重膜小胞がさかんに形成され、オートファジーの担い手として働く。個々のオートファゴソームは、その形成から成熟まで約30 分程度の一生において、膜形態を著しく変化させる。形成初期段階では、「隔離膜」と呼ばれる扁平の小胞構造が細胞質(ここにはミトコンドリアや小胞体の一部などの細胞内小器官も含まれている)の一部を取り囲むように伸長し、これが閉じて「オートファゴソーム」が完成する。その後、消化酵素を持つ小胞のリソソームと融合して「オートリソソーム」へと成熟する過程で、オートファゴソームの内膜とともに隔離された細胞質が消化分解される。本講演ではオートファゴソームの形態変化の画像を多く紹介し、オートファゴソームの形成メカニズムについて、多岐にわたる分野の研究者の皆さんと共に考えたい。