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第1日目 平成20年6月13日(金)
 
セッション1.「実在系の分子・物性理論の新たな挑戦」
ディスカッションリーダー:河野裕彦(東北大)
 ペタスケール超並列計算機の導入など次世代の計算機環境が出現する中で、既存のAMO理論も変革を求められている。なかでも計算機の高速化とともに発展してきた電子状態理論や分子動力学理論などの分子理論は質的にも大きな展開が期待できる。例えば、励起状態や溶媒効果なども取り込める励起状態動力学理論などが開発されてきており、光反応素過程の反応経路やダイナミクスを第一原理的にシミュレーションすることが可能になってきた。さらには、より大きな機能を発現するような実在系の物性、例えば、固体の物性などの評価も、密度汎関数理論(DFT)およびDFTに基づく第一原理分子動力学法によって、実験と比較できるレベルにまで達してきた。このような現状をふまえて、本セッションでは、分子の励起状態動力学と固体の第一原理分子動力学法の第一人者2名を講師として招いて、実在系の分子・物性理論の現状と可能性について具体例を交えて議論する。
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講演1: Ab initio分子動力学法による励起反応ダイナミクスへのアプローチ
  武次徹也(北大)
 近年の電子励起状態に対する分子理論の進展と計算機性能の向上により、光反応素過程の反応経路やダイナミクスを第一原理的にシミュレートすることが可能になってきた。我々は励起反応ダイナミクスを調べることのできる汎用的な手法およびプログラムの開発を目的として研究を進めている。量子化学計算で得られるエネルギー勾配をon-the-flyに用いて古典軌跡計算を行うab initio分子動力学(AIMD)法は、ポテンシャル関数を用いる従来の分子動力学計算に比べて計算コストはかかるが任意の化学反応過程に適用できる強みを持ち、その適用範囲はますます広がっている。最近のAIMD法の進展の一つの方向性が電子励起状態への拡張である。本研究では、励起反応過程で重要となる非断熱遷移はTullyの最小遷移数アルゴリズムにより考慮し、電子状態計算には状態平均多配置SCF (SA-CASSCF) 法を適用する。全自由度を考慮した複数の電子状態を同時に取り扱うシミュレーションにより、人間のイマジネーションを越えた重要な自由度や反応経路への洞察が得られ、励起ポテンシャル曲面とダイナミクスの相関を議論することが可能となる。また、QM/MM手法を導入することにより、周囲の溶媒分子の影響を取り入れた動力学計算を行って光反応における溶媒の役割を議論することもできる。本講演では、方法論の概要を述べた後、いくつかのアプリケーションについて紹介する。
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講演2: 固体電子状態理論の現状と可能性
  常行真司(東大院理)
 物質の電子状態を第一原理から理解する上で電子相関効果の取扱が重要なことは、分子でも固体でも同じである。しかし固体の場合にとりわけ厄介なのは、物質が金属か絶縁体かといったごく基本的な性質ですら電子相関効果の取扱如何にかかっていること、また通常の波動関数理論に基づくアプローチが無限個の電子の存在によって簡単に破たんすることであろう。密度汎関数理論(DFT)はそのような固体の電子状態を取り扱う厳密な基盤を与えるだけでなく、多くの物質で、現実的な計算時間内に妥当で有用な計算結果、すなわち一電子エネルギースペクトル(バンド構造)、全エネルギー、原子に働く力を与えてくれる稀有な手法である。本講演の前半では、固体表面や超高圧の物性研究の実例を紹介しながら、DFT計算およびDFTに基づく第一原理分子動力学法の発展を概観する。

 続いて後半では現状のDFT計算が抱える深刻な問題点について述べる。DFTは電子相関の強い系(いわゆる強相関系)で破たんするほか、凝集エネルギーや化学反応の活性障壁、半導体のバンドギャップなどの見積もりに難があり、しかも系統的な精度向上ができないという問題がある。そこでDFTとは相補的なアイデア・手法によって、固体電子状態計算の問題点がどこまで克服されつつあるか、その現状を紹介する予定である。
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セッション2.「 Interaction with Extreme Ultraviolet (EUV) and Soft X-ray (SX) Free Electron Laser」
ディスカッションリーダー:石川哲也(理研播磨)
 Three projects to build short wavelength free electron lasers (FEL) covering hard x-rays are underway in U.S., Europe and Japan toward the completion in a couple of years. These FELs are based on the self-amplified spontaneous emission (SASE) using a multi-GeV linear electron accelerator and a long undulator. Prototype, lower energy, FELs are already operating in Hamburg and Harima, which offer great opportunities to examine atom/molecular interactions with intense EUV and SX light.

 We have invited two speakers: one is using Hamburg FEL (FLASH) and the other is using SPring-8 Compact SASE Source (SCSS) to learn the latest achievement with the FELs. We would like to ask the speakers to show their new findings with the FELs, and their outlooks based on the experiences in the present sources. After the talks, we would like to invite all the attendees to discuss what would be done with the operating FELs and the forthcoming shorter wavelength SASE FELs.
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講演1: Gas-phase experiment by PTB at FLASH
  Mathias Richter (Physikalisch-Technische Bundessanstalt (PTB), Berlin, Germany)
 At the soft X-ray Free-electron LASer in Hamburg FLASH, photon-matter interaction was studied on molecular and rare gases within close cooperation between Germany's national metrology institute PTB, the Ioffe Institute St. Petersburg, and the Deutsches Elektronen-Synchrotron (DESY). Ion time-of-flight spectroscopy experiments were performed under the conditions of ultra-high photon intensities in conjunction with short wavelengths. Non-linearities due to space-charge effects, target depletion, and sequential and direct multiphoton ionization were observed. In the spectral range of the Extreme Ultra-Violet (EUV) at a wavelength of 13.3 nm, irradiance levels up to 1016 W cm-2 could be achieved by strong beam focusing with the aid of a spherical multilayer mirror. On xenon atoms, ion charges up to 21+ were detected which is even hard to understand within the framework of perturbation theory. The work is related to the development of photon diagnostic tools that are based on gas-phase photoioinization but concerns fundamental aspects of photoionization. Therfore, it is significant for any investigation on nanometer and femtosecond scales at current and future X-ray laser facilities.
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講演2: Nonlinear responses of molecules to intense XUV-SASE FEL light
  佐藤尭洋(東大)
 Recent progress in ultrashort pulse laser technology has enabled us to investigate molecules in intense laser fields, and a variety of dynamical phenomena have been observed in the near IR wavelength region. Since the responses of molecules to intense laser fields are expected to be influenced sensitively by the wavelength of light, it has been awaited to investigate molecules in intense laser fields in the shorter wavelength region such as in the extreme ultraviolet (EUV) region, where a resonance effect is expected to appear. Since the laser field intensity required to be above the intense field limit is scaled with ω3, with ω being the angular frequency of light, the threshold intensity in the EUV region should be much higher than that in near IR region.

 It has been known that free electron laser (FEL) can generate very intense light in the EUV range. In RIKEN SPring-8 Center, the newly constructed SCSS (SPring-8 Compact SASE Source), which is a SASE (Self Amplified Spontaneous Emission) type compact FEL, can generate intense EUV pulses (〜30 μJ) with high energy stability. In the EUV range around 50 nm, the field intensity of 〜1016 W/cm2, comparable to the intense field threshold, can be generated.

 In our recent study, we measured the photoionization processes of nitrogen molecules by irradiating them with EUV-FEL light at 50.3 nm, and investigated the dissociative multiple ionization processes of N2. From the analysis of the momentum distribution of N+ ejected through the Coulomb explosion of N2z+ (z = 2 and 3) and by the single-shot correlation between the yields of N2+ and N+, it was confirmed that the double ionization of N2 is induced by the two-photon absorption of the EUV light, showing that the intensity of the SCSS light is sufficiently high for inducing the non-linear optical phenomena in the EUV region.

 In this session, I would like to discuss such exciting frontiers in optical science opened by the new EUV-FEL light source.
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セッション3.「生体中の細胞・分子機能ライブイメージング」
ディスカッションリーダー:根本知己(生理学研究所)
 生物個体中で機能する生体分子の反応や動的過程を分子レベルで理解すること は,現在の生命科学研究の最も重要な課題である.近年,生物個体が生きた状態で生体分子を可視化する「生体分子イメージング」が盛んに利用されるようになった.この背景には,可視化するプローブ分子の開発と観察するシステム開発の飛躍的進展がある.本セッションでは,細胞と分子機能イメージングの最先端と近未来の展望について討論する.
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講演1: 生体内分子イメージングを可能にする光分子プローブの開発
  小澤岳昌(東大)
 細胞内や動物個体内ではたらく「生体分子の機能および動態」を詳細に解析することは,現在の生命科学研究において最も重要な課題である.我々は,生体分子の量的変化や活性を,蛍光タンパク質(split GFP)あるいは発光タンパク質(split luciferase)の発光能に変換する新たな技術-タンパク質再構成法-を開発した.タンパク質再構成法の重要な特徴は,二分した GFPあるいはluciferaseが自己触媒的に,蛍光・発光のシグナル変化を誘起する点にある.これまでに,タンパク質間相互作用検出法,ミトコンドリアおよび細胞内小胞移行タンパク質の網羅的解析法,RNA動態の可視化法等を開発してきた.本討論会では,タンパク質再構成法の基本原理を概説し,生きた細胞や動物個体内で機能する生体分子の新たなイメージング方法について紹介する.
講演2: がん研究における生体光イメージングの応用
  今村健志(癌研究所)
 近年、新しい蛍光蛋白質の発見や近赤外蛍光プローブ作成技術の進歩、検出機器の性能向上により、生体光イメージング技術を用いて、生きている動物の中で起こっている現象を細胞・分子レベルでイメージングすることが可能になった。本発表では、生体光イメージングのがん研究領域への応用について、最近の我々のデータを紹介し、その応用と将来性について考察する。

 具体的には、発光イメージングの例として、1)乳癌の他臓器転移における経時的観察と2)生体内での癌細胞のシグナル伝達の可視化、蛍光イメージングの例として、1)マウス血管内での癌細胞移動の可視化、2)がん血管新生の観察、3)癌細胞の骨転移における骨と血管新生の可視化、4)癌細胞および周囲組織の酵素活性の可視化 と5)細胞周期の可視化を紹介する。

 生体光イメージングは、生命現象を統合的に理解するために必須のテクノロジーになると考えられる。
 
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第2日目 平成20年6月14日(土)
 
セッション4.「荷電粒子と周期結晶場」
ディスカッションリーダー:新田英雄(東京学芸大)
 結晶は,X線の波長程度の間隔で規則的に原子が並ぶ周期構造物です。X線が結晶に入射した際のX線回折効果は広く物性研究に応用されていることは周知の通りです。ところが,荷電粒子が結晶中を通過する際にも,その周期性によるコヒーレント効果が原子衝突過程や放射過程に反映された,様々なX線放出過程が存在することが知られています。

 入射高速電子からの自発放射過程に起因した,離散準位間の遷移に伴うX線放出はチャネリング放射(channeling radiation),制動放射に伴うX線放射はコヒーレント制動放射(coherent bremsstrahlung)を呼ばれ,前方に高強度のX線が放出されることが知られています。一方,結晶中の標的原子側から放出される分極放射が干渉するとパラメトリックX線放射(PXR: parametric x-ray radiation)と呼ばれるX線の回折像が観測されます。また入射荷電粒子が構造を持つ場合,すなわち,束縛電子を伴うイオンが結晶中に入射した際には,周期電場によって内部構造が励起されることがあり,脱励起の際にはイオンからX線が放出されます。この現象は,オコロコフ効果あるいはRCE(resonant coherent excitation)と呼ばれています。

 このようなX線放射は,強場中の様々なコヒーレントな現象の研究に役立つものと期待されています。また,結晶を,相対論的な粒子に対して大変高輝度かつ単色性の良い仮想光子を提供するユニークな「光源」と見なすこともできます。本セッションでは,これらX線領域での荷電粒子と周期場の相互作用を基本的な物理過程から整理することによって理解を深めるとともに,オコロコフ効果,パラメトリックX線放射それぞれを専門とする2名の講師により,基礎過程とその応用について紹介していただき,それらの対比や今後の展開などを議論したいと思います。
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講演1: オコロコフ効果を利用した原子物理
  東 俊行(首都大)
高速イオンが結晶という周期的配列を通過する際,イオンは時間とともに変化する振動電場を感じる。この電場エネルギーがイオンの内部自由度の準位差に一致すれば,イオンの準位は共鳴的に励起され得る。この現象は一般にオコロコフ効果,あるいはコヒーレント共鳴励起(resonant coherent excitation, RCE)と呼ばれる。核子あたり数100MeVのイオン速度と,結晶格子定数というオーダーの周期間隔を考慮すると,RCEによってX線領域に相当する準位間の遷移が可能になる。これは,原子物理にとってX線領域の位相の揃った,偏光方向が任意に選択可能である励起源というユニークな現象として捉えられ,光を使わない量子状態の操作を可能にする。さらに全く新しい精密原子分光法という特徴も持ち併せる。最近我々は,光を使わないX 線領域のコヒーレントな量子状態の操作として,ヘリウム様Ar16+イオンに対する2重共鳴によるX線領域のポンプ&プローブ実験や,それに伴うドレスド原子の観測に成功した。さらに精密原子分光によるQ E Dの検証を目指して,リシウム様U89+イオンに対する1s22s1/2-2s22p3/2準位間の遷移エネルギー測定実験を開始した。 オコロコフ効果の物理過程の基礎に立ち返った考察を交えながら,これらの結果や現状を紹介する。
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講演2: 日本大学におけるパラメトリックX線放射の実用化とその光源で観測した映像
  佐藤 勇(日大)
 日本大学の電子線利用研究施設(LEBRA)では,125MeV電子リニアックを活用し,パラメトリックX線放射(PXR)の開発を試み,2004年4月,その実用化に成功した。LEBRAのPXRシステムは,100MeVの高エネルギー電子ビームを用いて加速器室内で薄いSi単結晶(第1結晶)を照射した時に発生するPXRを他のSi単結晶(第2結晶)でブラック反射させて実験室に輸送する方式である。LEBRAのPXRは,第1結晶を回転しPXRのエネルギー(5~20keV)を可変にする際,第2結晶を回転移動してPXRをブラック反射させることにより,PXRは実験室の同一ビームラインに輸送している。これPXRに関する基礎研究を飛躍的に進展させた。この結果,2005年12月,PXRはエネルギーを可変に出来るだけでなく,指向性が高く準単色であり克つ高輝度で空間コヒーレントに富むX線源(空間干渉X線源)であることを,照射試料のイメージング撮像から実証できた。また,PXRはブラック条件を満たす単結晶面でリニアにエネルギーシフトしているので,この特性を活用してX線吸収微細構造(XAFS)の迅速な計測を試みている。更に,最近は,PXRが位相の揃ったX線源であること特性を活かした生体の屈折イメージング撮像が盛んに行われている。これらの実証試料を提示しながら,そのメカニズムについて考察する。
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セッション5.「量子力学の基本的問題について」
ディスカッションリーダー:井元信之(阪大)
 量子力学を単なる計算手法のユーザーとして甘んじることに満足しない人たちがいる。たとえば、(1)「正統派」の公理系に我慢のならない人たち、(2)最新技術による実験結果を目の当たりにして不思議な気持ちでいっぱいの人たち、(3)量子情報処理応用のために既存の教科書の記述では満足できない人たち。立場や分野は様々でも似た思いを持つ点で共通する。しかしそのために集まるということはこれまでほとんど無かった。

 本AMO討論会ではほぼ毎回「量子情報」セッションを設けて来たが、前回に引き続き今回も、量子情報そのものというよりはこのテーマを取り上げたい。今回も理論家と実験家に話題提供していただくが、理論はエヴェレット理論について主に(1)の観点から、実験は量子非破壊測定について(3)の観点からということになろう。主に(2)の観点だという人も実行委員や会場にいるであろう。(1)?(3)あるいはそのほかも含め、異なる立場や分野の間の相互作用は不可欠と思われる。
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講演1: 原子スピン集団の量子非破壊測定とその展開
  高橋義朗(阪大)
 光はこれまでの量子情報研究の主役を担ってきたものであり、量子性に富み、光速で伝播するなど情報の輸送媒体として優れた性質をもっている。一方で、原子の速度は光に比べれば遥かに遅く、多段な処理や情報の保存・仲介などに適したものといえる。このように、2つの性質は相反するものであり、目的に応じてこれらを使い分けることができれば、その応用性は格段に高まると考えられる。そこで光と原子の間をつなぐインターフェイスが必要となる。我々が特に注目しているのは、連続量としての光の偏光状態と偏極原子スピン集団、そしてそれらを結ぶ量子インターフェースとして、ファラデー回転によるスピンのQND(量子非破壊測定)相互作用、である。

 最近我々は、核スピン1/2を持つイッテルビウム原子を用いて、スピンQNDの実験に成功した。今後これを、超精密計測や量子情報処理研究へ応用しようと計画している。さらに、ハイゼンベルグの不確定関係の検証といった基礎的な問題にも実験的に迫ることを考えている。発表では、これらについて詳しく紹介する予定である。本研究は、高野哲至氏、布山美慕氏、並木亮氏との共同研究であり感謝したい。
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講演2: 量子力学とは何か
  和田純夫(東大)
 量子論が本質的に確率的な性質をもつ理論だとしたら、自然界の基本法則となる資格があるだろうか。測定によって波が突然に収縮するなどということがありえるだろうか。密度行列を統計的集合とすりかえることが許されるのか。射影仮説、確率規則などといった量子論の公理とされていたものが、本当に必要なのかを再考する。

 発想の出発点はエンタングルメント(絡み合い、あるいは分離不可能性)である。量子宇宙論、あるいはEPRパラドックスとベルの不等式に関わる多くの実験から明らかになったように、量子論では、すべての自由度がすべての自由度と絡み合っており、独立には振舞わない。それらは全体としてシュレーディンガー方程式に基づき発展する。測定装置もそれを見守る人間も、同じように絡み合っており、測定対象物と同じ状態の中で記述されている。その枠組みの中で観測という問題も捉えなおし、量子力学で最小限必要とされる公理は何なのかを考える。結論は、最も徹底した意味での多世界解釈である。量子力学は観測量を測定する単なる手段ではなく、波動関数は観測の有無に関わらず実在のものを記述していると主張する。
 
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